全日本同和会 指 導 者 心 得

 本会が組織集団であり、その組織機能によって、基本的には民主主義確立の基礎的課題である同和問題の完全解決を期し、そのための運動を展開すべき崇高なる使命を自覚するとき、普く国民からの共鳴を得ると共に社会性のある行動によらなければならないことは、必須不可決の要件である。
 本会は、新同和対策関係法、地域改善対策特別措置法の主旨、並びに現在の趨勢にかんがみ、次のように倫理信条を明らかにし、特に指導者の指導性及びそのモラルについて規定する。



(指 導 性)

第1.指導者は、率先して垂範し、説得力をもち、誘導し、感化し、激励し、動機づけることにより、会員をして組織目的達成に専心できるよう、影響を与えると共に協力と情熱を傾注しなければならない。

(指導者の責務)

第2.指導者は、社会人、指導的地位と役割、組織及びその管理、並びに道徳的指導について、その責に任じなければならない。 組織及びその管理とは、組織の秩序、団結、運営の全般的事項並びに、計画、調整、統制、監督、指令、教育、志気、規律、能率(管理の総称)のことをいう。

(廉  潔)

第3.指導者は、廉潔でなければならない。 廉潔とは、自己の行動を制御する倫理感と正義感のことをいう。 廉潔は普通、没我、無我などの言葉によって表現されるもので、我儘、勝手、エゴ、とは全く反対の精神状態である。

(誠  実)

第4.指導者は、誠実によって諸事を貫かねばならない。指導者の誠実性は直ちに人々に反映し、組織に信頼と安定を感じしめ、個人的な満足を得ることができる。 誠実とは、他人を迷わせない美徳と共に、他との交渉行為の間に自己を誇張したり糊塗しない、感情や精神の傾向のことをいう。 誠実は、言行一致と言い換えることもできる。誠実な言行は、人々からの疑惑を抱かしめず、相互信頼の念を強化し、指導者自身の人格を高邁なものにするものである。

(専門的知識技能)
第5.指導者は、専門的能力を体得するよう努めなければならない。 専門的能力とは、同和問題、事業、教育、行政、運動、組織管理運営の適正化に関する知識、技能のことをいう。 知識とは、自己の現職に相応しい知識の質と量のことをいい、技能とは、知得したことを実際に活用し応用する能力のことをいう。

(謙  虚)
第6.指導者は、謙虚であらねばならない。このためには、高慢心と思い上りを拭い去ることである。自己を過大に評価しようとする傾向は誰しも持っているが、指導者としての人格修練のためには、この傾向に容赦することがあってはならない。絶えず自己の立場と能力の限界を知り、客観的に正しく自己を評価できねばならない。 指導者が謙虚であるためには、自己の功名心、利己心を超越して、没我の境地を開くよう努力することである。 組織の中で自己の地位が高まるにつれ、思い上り、高慢心を自制できない人がいる。自身は人からの歓迎を何んの感謝の念ももたず、低位の人を恰も自分とちがう世界の存在であるかのように錯覚するのである。この種の指導者は、部下の失敗に対してはきびしい罰でのぞみ、 権力主義を表に現わし、 面従腹背の会員を作る要因となる。

(決  断)
第7.指導者は、温和で人間味豊かであるなかに、断乎として譲らぬ信念を秘めていなくてはならない。組織を行動に移させる責任は指導者にあってその決断に基づくものである。絶えず、組織の目標、その時機の諸状況、会員の状態というの三つの(状態)要素を正しく理解して、統合し、決定を行わなければならない。この決断と態度が遅疑したり動揺したならば、単なる群衆集団に化すおそれがある。
指導者が決断を必要とする場合は、当面する課題の本質を明らかにし、助言を傾聴し、調整し、決定しなければならない。その決断を必要とする場合は、 大別して次の4点に集約される。
第1点  実施を指令する場合
第2点  集団行動を調整又は統制する場合
第3点  行動計画を立案する場合
第4点  解決方針を決める場合

(犠牲的精神)
第8.犠牲とは、より高い善事のために、自分という小善を捨て去ることである。従って他に与えるものであって、他から奪うものではない。指導者がその責任を完遂するためには犠牲が要求される。犠牲的精神は利己、私慾の反対側に位置していて、犠牲のもたらすものは社会秩序で、組織の維持には欠くべからざるものである。 人間の最高の精神は犠牲的精神である。この精神があって始めて社会生活を営み、組織活動の秩序確立ができるのである。

(寛  容)
第9.寛容とは、人に対する忍耐であり、抱擁力である。特に自己のもっている意見信念、思考又はその過程、習慣、態度及び生活方式が相手のそれと相違する場合、それを忍耐し許容し抱擁するだけの美徳を持たねばならない。 指導者は廉潔であり誠実でなければならないが、自分がそうだからと言って、それを直ちに周囲の人々に要求したならば、人との円満や協力が失われ、その交わりは必ずしも善い方には発展しない。却って周囲から孤立し、 孤高の自己満足だけに終るのである。 寛容は、人々の不品行を黙認したり、またはそれらの人と一緒になって、"小事に拘泥しない"という肚の太さを示すことではない。 寛容は愛であて、過誤を憎まず愛をもって指導することである。 (義務の先行) 第10.指導者の一挙一頭足は、即、その善悪にかかわらず影響するものである。 故に指導者はその言行について軽挙を戒め、妄動を慎み、自己に対しては謹厳であり、人に対しては寛容でなければならない。 このため指導者は、振らず、らしくすることである。指導者振るとは、その権威を誇示したり、人に恩をきせることであり、肩をいからせ鼻を高くする心遣い及びその態度のことをいい、らしくするとは、指導者として当然成すべきことをなし、労を犒い感謝の心遣いを以って人に接することである。

(自己研讃)
第11.指導者は、組織のシンボルとしての地位にあることの自覚に徹し、会員の誤りとして責任をとり、その善行はより多くの人の前で讃え、たとえそれが指導者の功績によるものであっても口外せず、ひたすら会員の労苦の功として賞する雅量をもたねばならない。そのため指導者は、絶えず内省し自己批評を行い、自らによって四六時、人格の練磨に努めなければならない。斯く努めつつある指導者こそ、組織のシンボルに相応しい人物たり得るのである。

(良  心)
第12.指導者は精神作用が正しくなければならない。精神作用は態度に現出することもあるが、現出されないこともある。精神作用が権利あさりや、権威の誇示であっても、言行を正しくすることができる。会員はこれには心服しない。故に指導者は良心に従い行動し、策を弄して利を得る思想は排さねばならず、いかなる場合でも、社会性のある道を講ずるよう努力しなければならない。