同和対策審議会答申

昭和40年8月11日
内閣総理大臣
  佐 藤 栄 作 殿
同和対策審議会         
会長 木村忠二郎

 昭和36年12月7日総審第194号をもって、諮問のあった「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について審議した結果、別紙のとおり答申する。
<目次>

◆前文

◆第1部 同和問題の認識
  1 同和問題の本質
  2 同和問題の概観
   (1)実態調査と同和問題
   (2)基礎調査による概況
   (3)精密調査による地区の概況

◆第2部 同和対策の経過
  1 部落改善と同和対策
  2 解放運動と融和対策
  3 現在の同和対策とその評価(全日本同和会記載)

◆第3部 同和対策の具体案
  1 環境改善に関する対策
   (1) 基本的方針
   (2) 具体的方策
  2 社会福祉に関する対策
   (1) 基本的方針
    (2) 具体的方策
  3 産業職業に関する対策
   (1) 基本的方針
   (2) 具体的方策
  4 教育問題に関する対策
   (1) 基本的方針
   (2) 具体的方策
  5 人権問題に関する対策
   (1) 基本的方針
   (2) 具体的方策

◆結語
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前    文
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 昭和36年12月7日内閣総理大臣は本審議会に対して「同和地区に関する社会的乃び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について諮問された。いうまでもなく同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である。したがって、審議会はこれを未解決に放置することは断じて許されないことであり、その早急な解決こそ国の責務であり、同時に国民的課題であるとの認識に立って対策の探求に努力した。その間、審議会は問題の重要性にかんがみ存置期間を二度にわたって延長し、同和地区の実情把握のために全国及び特定の地区の実態の調査も行なった。その結果は附属報告書のとおりきわめて憂慮すべき状態にあり、関係地区住民の経済状態、生活環境等がすみやかに改善され平等なる日本国民としての生活が確保されることの重要性を改めて認識したのである。

 したがって、審議もきわめて慎重であり、総会を開くこと42回、部会121回、小委員会21回におよんだ。

 しかしながら、現在の段階で対策のすべてにわたって具体的に答申することは困難である。しかし、問題の解決は焦眉の急を要するものであり、いたずらに日を重ねることは許されない状態にあるので、以下の結論をもってその諮問に答えることとした。

 時あたかも政府は社会開発の基本方針をうち出し、高度経済成長に伴なう社会経済の大きな変動がみられようとしている。これと同時に人間尊重の精神が強調されて、政治、行政の面で新らしく施策が推進されようとする状態にある。まさに同和問題を解決すべき絶好の機会というべきである。

 政府においては、本答申の精神を尊重し、有効適切な施策を実施して、問題を抜本的に解決し、恥ずべき社会悪を払拭して、あるべからざる差別の長き歴史の終始符が一日もすみやかに実現されるよう万全の処置をとられることを要望し期待するものである。

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第1部 同和問題の認識
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1.同和問題の本質

 いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な社会問題である。

 その特徴は、多数の国民が社会的現実としての差別があるために一定地域に共同体的集落を形成していることにある。最近この集団的居住地域から離脱して一般地区に混住するものも多くなってきているが、それらの人々もまたその伝統的集落の出身なるがゆえに陰に陽に身分的差別のあつかいをうけている。集落をつくっている住民は、かつて「特殊部落」「後進部落」「細民部落」など蔑称でよばれ、明らかな差別の対象となっているのである。

 この「未解放部落」または「同和関係地区」(以下単に「同和地区」という。)の起源や沿革については、人種的起源説、宗教的起源説、職業的起源説、政治的起源説などの諸説がある。しかし、本審議会は、これら同和地区の起源を学問的に究明することを任務とするものではない。ただ、世人の偏見を打破するためにはっきり断言しておかなければならないのは同和地区の住民は異人種でも異民族でもなく、疑いもなく日本民族、日本国民であるということである。

 すなわち、同和問題は、日本民族、日本国民のなかの身分的差別をうける少数集団の問題である。同和地区は、中世末期ないしは近世初期において、封建社会の政治的、経済的、社会的諸条件に規制せられ、一定地域に定着して居住することにより形成された集落である。

 封建社会の身分制度のもとにおいては、同和地区住民は最下級の賎しい身分として規定され、職業、住居、婚姻、交際、服装等にいたるまで社会生活のあらゆる面できびしい差別扱いをうけ、人間外のものとして、人格をふみにじられていたのである。しかし明治維新の変革は、同和地区住民にとって大きな歴史的転換の契機となった。すなわち、明治4年8月28日公布された太政官布告第61号により、同和地区住民は、いちおう制度上の身分差別から解放されたのである。この意味において、歴史的な段階としては、同和問題は明治維新後の近代から解消への過程をたどっているということができる。しかしながら、太政官布告は形式的な解放令にすぎなかった。それは単に蔑称を廃止し、身分と職業が平民なみにあつかわれることを宣明したにとどまり、現実の社会関係における実質的な解放を保障するものではなかった。いいかえれば、封建社会の身分階層構造の最低辺に圧迫され、非人間的な権利と極端な貧困に陥れられた同和地区住民を、実質的にその差別と貧困から解放するための政策は行われなかった。したがって、明治維新後の社会においても、差別の実態はほとんど変化がなく、同和地区住民は、封建時代とあまりかわらない悲惨な状態のもとに絶望的な生活を続けてきたのである。

 その後、大正時代になって、米騒動が勃発した際、各地で多数の同和地区住民がそれに参加した。その後、全国水平社の自主的解放運動がおこり、それを契機にようやく同和問題の重要性が認識されるにいたった。すなわち、政府は国の予算に新しく地方改善費の名目による地区の環境改善を行なうようになった。しかし、それらの部分的な改善によって同和問題の根本的解決が実現するはずはなく、同和地区住民はいぜんとして、差別の中の貧困の状態におかれてきた。

 わが国の産業経済は、「二重構造」といわれる構造的特質をもっている。すなわち、一方には先進国なみの発展した近代的大企業があり、他方には後進国なみの遅れた中小企業や零細経営の農業がある。この二つの領域のあいだには質的な断層があり、頂点の大企業と底辺の零細企業とには大きな格差がある。

 なかでも、同和地区の産業経済はその最低辺を形成し、わが国経済の発展からとり残された非近代的部門を形成している。

 このような経済構造の特質は、そっくりそのまま社会構造に反映している。すなわち、わが国の社会は、一面では近代的な市民社会の性格をもっているが、他面では、前近代的な身分社会の性格をもっている。今日なお古い伝統的な共同体関係が生き残っており、人々は個人として完全に独立しておらず、伝統や慣習に束縛されて、自由な意志で行動することを妨げられている。

 また、封建的な身分階層秩序が残存しており、家父長制的な家族関係、家柄や格式が尊重される村落の風習、各種団体の派閥における親分子分の結合など、社会のいたるところに身分の上下と支配服従の関係がみられる。

 さらに、また、精神、文化の分野でも昔ながらの迷信、非合理的な偏見、前時代的な意識などが根強く生き残っており、特異の精神風土と民族的性格を形成している。

 このようなわが国の社会、経済、文化体制こそ、同和問題を存続させ、部落差別を支えている歴史的社会的根拠である。

 したがって、戦後のわが国の社会状況はめざましい変化を遂げ、政治制度の民主化が前進したのみでなく、経済の高度成長を基底とする社会、経済、文化の近代化が進展したにもかかわらず、同和問題はいぜんとして未解決のままでとり残されているのである。

 しかるに、世間の一部の人々は、同和問題は過去の問題であって、今日の民主化、近代化が進んだわが国においてはもはや問題は存在しないと考えている。

 けれども、この問題の存在は、主観をこえた歴史的事実に基づくものである。

 同和問題もまた、すべての社会事象がそうであるように、人間社会の歴史的発展の一定の段階において発生し、成長し、消滅する歴史的現象にほかならない。

 したがって、いかなる時代がこようと、どのように社会が変化しようと、同和問題が解決することは永久にありえないと考えるのは妥当でない。また、「寝た子をおこすな」式の考えで、同和問題はこのまま放置しておけば社会進化にともないいつとはなく解消すると主張することにも同意できない。

 実に部落差別は、半封建的な身分的差別であり、わが国の社会に潜在的または顕在的に厳存し、多種多様の形態で発現する。それを分類すれば、心理的差別と実態的差別とにこれを分けることができる。

 心理的差別とは、人々の観念や意識のうちに潜在する差別であるが、それは言語や文字や行為を媒介として顕在化する。たとえば、言葉や文字では封建的身分の賎称をあらわして侮蔑する差別、非合理な偏見や嫌悪の感情によって交際を拒み、婚約を破棄するなどの行動にあらわれる差別である。実態的差別とは、同和地区住民の生活実態に具現されている差別のことである。たとえば、就職・教育の機会均等が実質的に保障されず、政治に参与する権利が選挙などの機会に阻害され、一般行政諸施策がその対象から疎外されるなどの差別であり、このような劣悪な生活環境、特殊で低位の職業構成、平均値の数倍にのぼる高率の生活保護率、きわだって低い教育文化水準など同和地区の特徴として指摘される諸現象は、すべて差別の具象化であるとする見方である。

 このような心理的差別と実態的差別とは相互に因果関係を保ち相互に作用しあっている。すなわち、心理的差別が原因となって実態的差別をつくり、反面では実態的差別が原因となって心理的差別を助長するという具合である。そして、この相関関係が差別を再生産する悪循環をくりかえすわけである。

 すなわち、近代社会における部落差別とは、ひとくちにいえば、市民的権利、自由の侵害にほかならない。市民的権利、自由とは、職業選択の自由、教育の機会均等を保障される権利、居住及び移転の自由、結婚の自由などであり、これらの権利と自由が同和地区住民にたいしては完全に保障されていないことが差別なのである。これらの市民的権利と自由のうち、職業選択の自由、すなわち就業の機会均等が完全に保障されていないことが特に重大である。なぜなら、歴史をかえりみても、同和地区住民がその時代における主要産業の生産過程から疎外され、賎業とされる雑業に従事していたことが社会的地位の上昇と解放への道を阻む要因となったのであり、このことは現代社会においても変わらないからである。したがって、同和地区住民に就職と教育の機会均等を完全に保障し、同和地区に滞留する停滞的過剰人口を近代的な主要産業の生産過程に導入することにより生活の安定と地位の向上をはかることが、同和問題解決の中心的課題である。

 以上の解明によって、部落差別は単なる観念の亡霊ではなく現実の社会に実在することが理解されるであろう。いかなる同和対策も、以上のような問題の認識に立脚しないかぎり、同和問題の根本的解決を実現することはもちろん、個々の行政施策の部分的効果を十分にあげることをも期待しがたいであろう。

2.同和問題の概観

(1) 実態調査と同和問題
 同和対策審議会は調査部会を設け、昭和37年調査として昭和38年1月1日現在について同和地区(以下「地区」と称する。)に関する基礎調査を実施した。

 これまで大正10年に内務省により「全国部落統計表」が作成され、昭和に入ってからは、10年には中央融和事業協会によって、33年(34年に補正)には、厚生省によって調査が実施された。なお34年に文部省によって学童数、学校数などの調査が行なわれた。しかし、これらは各々特定の目的に答えるためのものであり、地区の所在地、世帯数、人口、職業などの点において必ずしも総合的な結果を示していない。しかし、今回の調査の結果を通じて

(T) 地区の内外において一般地区住民との混住が多くみられること。

(U) 都市の同和地区の場合は、これまでの地区が一般地区的な様相をもち、具体的にとらえることが困難になっていることがあげられる。そのために、今回は数府県が調査不能であった。これには地方行政機関の同和問題に対する認識のちがいも原因となっていることは否定できない。

 これまでの調査と比較して数量的把握を困難とした理由は、都市及びその周辺地域では、

(T) 戦災疎開などによる地区住民の地域的分散が行なわれたこと。

(U) 区画整理等によって地区内での再配置があったこと。

(V) 一般の低所得階層密集地区(スラム)との地域的な混在が行なわれたことなどである。

 次に、都市以外の地域では、

(T) 社会、経済等の変動にともなう人口移動の傾向によって地区住民の転住がみられること。ことに農村地区における離村傾向の増大が指摘される。次ぎに、

(U) 戦後の民主的な思想の普及などによって、一般地区住民との混住が幾分多くなったことなどである。

 したがって、全国におよび同和地区の所在を的確に把握することはきわめて困難であり、集団地区以外にかなりの関係住民のいることも十分に認識しなければならない。同和問題が現在の時点において重要性をもつのは、数量的に、地区的にとらえられるような現象だけではない。日本の社会体制のあらゆる面で、根強く潜在している差別的な実態そのものが、問題なのである。

 同和問題に関する本質の課題は、端的には「部落差別」そのものである。身分的差別意識が劣悪な生活環境のなかで、いぜんとしてきびしく温存されている事実である。新憲法のもと国民の基本的人権が新しく意義づけられ、社会体制の民主化も一応進展しつつあるようにみえながら、同和地区につながる人々はこの部落差別のなかで生活しなければならないのである。それは審議会が基礎調査とともに実施した精密調査の結果によって知ることができる。同時に一見平等とみられる就職、就学、結婚等の社会体制のなかに、いぜんとして厚い差別の壁があり、一般国民のなかにも、地区や地区住民に対して、感情、態度、意識、思想等による偏見が残存していることも指摘しなければならない。

 したがって、審議会が部落差別の事実として客観的にとらえなければならなかった焦点は、しばしば社会問題として提起される主観的な差別言動よりも、むしろ一般地区の生活状態および社会、経済的な一般水準と比較して、同和地区なるがゆえに解決されず取り残されている環境そのものにあったのである。

 同和地区における人口、住宅の過密性、道路、上下水道、居住形式など物的環境の荒廃状況はきわめて顕著である。それらは、職業選択の制限されていること、通婚圏の狭いことと無関係ではない。すなわち、地区が封鎖的性格をもつことによって、生活は向上性を失ない、やむをえず集団化によってその転落を防止するような自己防衛的な環境までつくられていることである。そこには「差別」が原因となって「貧困」が同居している。同和地区がしばしば一般低所得地区と同一視されることがあるが、これは必ずしも正しい認識ではない。一般の低所得地区と異なるのは、部落差別が存在することによって、そこに居住しなければならないし、また住むことによって生活活動に制限が加えられることである。さらに、地区によっては、行政の対象からも除外される現実があることである。すなわち、調査によって得られた結論は、部落差別の実態が、生活条件の劣悪さを誘致し、環境の悪化を生んでいるという点である。部落差別の解消は、偏見をもたらす因襲や伝統を観念的にとりあげただけでは解決できない。それを存続させるものは、社会体制のなかにあるという認識に立たざるをえない。

(2) 基礎調査による概況

 審議会は都道府県を通じ、関係の市町村の協力を煩わして同和地区の現況の把握のための基礎調査を行なった。その結果によれば、全国の同和地区数は、4,160地区、地区内の世帯数は、407,279世帯、地区内の総人口は1,869,748人、うち地区内の同和地区人口は1,113,043人であり、地区内の同和地区人口率は60%、全国の人口1,000人あたりの同和地区人口は11.8人となる。

 これをこれまでの調査結果と比較すると、地区数は昭和33年調査よりも多いが昭和10年調査及び大正10年調査よりは少なく、同和地区人口は逆に昭和33年調査(34年調査による補正値)よりも少なく昭和10年調査よりも多い。すなわち、

 同和地区数  同和地区人口
 昭和37年調査  4,160   1,113,043 
 昭和33年調査  4,133  1,220,157 
 昭和10年調査  5,365  999,687 
 大正10年調査  4,853  829,773 

 すでにのべたように比較によって地区数ないし地区人口の増減を量的に判断することは適当ではない。調査にあたって採用された調査単位としての同和地区の定義がこれまでの調査と異なっているからである。すなわち審議会のとった定義は、「当該地方において一般に同和地区であると考えられているもの」とされているが、昭和33年調査においては、「一般に同和対策を必要とすると考えられている地区」と定義されており、定義のうえからすれば、昭和33年調査のほうが「同和対策」の必要性を目的とした点で今回の調査よりもせまくならざるをえない。

 次に、今回の調査は実施機関が公的機関であったために、行政上同和対策をとりあげているかどうかという背景のちがいがあり得たのであり、したがって「寝た子を起こすな」的行政方針により、又は一般と混住化し、同和地区としてはっきり認識できなくなったような地区は除外されていることもある。
 これらを総合して考えると、今回の調査で把握された同和地区数、同和地区人口などは実際の数値を下まわっているものと思われる。

 事実、岩手、宮崎、山形、東京、神奈川、宮崎の都県は今回の調査では報告がなかった。しかし別途の情報によれば同和地区の存在は確認されており、また、今回調査で52地区の報告があった大阪、2地区の報告のあった福島についても同様のことが確認されている。

(イ) 都道府県別にみた状況
 都道府県別の状況は、同和地区の数のうえからみると、広島県の414地区を最高に300地区を超える県には、このほか、兵庫、岡山、愛媛、福岡の諸県があり、200〜300地区の県は群馬、埼玉、長野、10地区以下の県は、富山、石川、福井、愛知、佐賀、長崎である。同和地区数の報告のなかったのは、北海道、福島県を除く東北各県、東京都、神奈川県、宮崎県の八都道府県であった。

 同和地区の世帯数は、大阪府、兵庫県がそれぞれ45,000に達しており最も多く、地区内の総人口も世帯数とほぼ平行した分布を示しているが、同和地区人口は兵庫県の163,546人が最も多く、福岡県の114,482人、岡山県の58,635人、奈良県の56,130人、三重県の48,238人、和歌山県の46,316人、愛媛県の44,685人、高知県の43,552人、埼玉県の41,496人がこれについでおり、同和地区人口1,000人以下は、富山、石川、長崎の諸県であった。
 同和地区内の総人口に対する部落人口の割合、すなわち混住率は、全国平均では60%だが、府県によりかなりの差がある。

 また、全人口にたいする部落人口は、人口1,000対11.8で奈良の72.1が最高で高知の52.3がこれについでいるが、滋賀、兵庫、和歌山、鳥取、徳島の諸県も40を超えている。

(ロ) 地区別にみた状況
 地区別の分布は、全国4,160地区の4分の1を超える1,059地区が中国地方にあり、関東の648、近畿の975、四国の553、九州の521、中部の363がこれにつぎ、北陸は39、東北は2(次表の注参照のこと)となっている。

 同和地区内の世帯数の分布をみると、全国407,279世帯の約37%にあたる159,069世帯が近畿にあり、地区数の多かった中国は、57,764世帯で関東、中部、九州もそれぞれ5万〜6万世帯の間にある。

 同和地区人口は、全国1,113,043人のうちの約45%にあたる498,061人が近畿に集中しており、中国は15万を超え、関東、四国、九州は10万〜15万の間にあり、北陸は7,021人であった。

 同和地区数   世 帯 数   同和地区数 
 全   国 4,160   407,279   1,113,043 
 北 海 道 
 東   北 2  57  265 
 関   東 648  59,517  104,403 
 北   陸 39  3,630  7,021 
 中   部 368  52,213  58,439 
 近   畿 975  150,069  498,061 
 中   国 1,059  57,764  162,786 
 四   国 553  31,036  134,079 
 九   州 521  52,993  147,989 
(注) 東北の地区数2は福島の数であり、別途の情報であれば福島に
おいてもさらに多くの地区があり、また、山形、宮城、岩手にあることが
確認されている。

 以上のように、地区人口が近畿周辺に集中していることは、封建社会体制に隷属して同和地区人口が居住しなければならなかったという根本の要因を示すものである。

(ハ) 規模別にみた同和地区の分布
 世帯数の規模による同和地区の分布は、200世帯未満の地区が28.8%で最も多く、20〜39世帯は21.5%で500世帯以上の地区は2.7%にすぎない。すなわち、全国同和地区の約50%は世帯数40未満の地区であり、残りの約半数も40〜99世帯の地区である。

(ニ) 混住の状況
 市町村の廃置分合、都市化の趨勢、さらに大都市における同和地区のスラム化等により混住がみられることは一般的傾向といえよう。混住が進んで実態調査の対象外になったものもある。
 全国平均でみると、同和地区内総人口に対して同和住民の占める割合は、60%であった。
 府県別にみた同和地区人口率、すなわち、同和地区内総人口により同和人口を除したものは、全国平均では60%だが、奈良、愛媛の両県は100%、90〜99%が9府県、50〜89%が11県、10〜49%が14府県であった。一般的には、一、二の例外はあるにせよ、四国、近畿の地方における諸府県においては同和地区内において同和人口の占める割合が高く、関東、中部地方の諸県においてはこの割合が低いといえる。

 同和地区人口率   府 県 数  府  県  名
10〜19%  石川、山梨、長野、島根
20〜29   茨城、栃木、新潟、長崎、大分
30〜39   群馬、千葉、静岡
40〜49   埼玉、大阪
50〜59   富山、福岡
60〜69   岡山、山口
70〜79   岐阜、広島、佐賀、熊本
80〜89   高知、兵庫
90〜99   福島、福井、三重、滋賀、京都、和歌山、
 鳥取、徳島、香川
100   奈良、愛媛
(注)同和地区人口率とは、同和地区総人口で同和人口を除いたものをいう。

(ホ) 就業の状態
 就業状態は、調査の困難性から日雇労働者、常用労働者、自営業者(家族従事者を含む。)の割合を把握する方法によったものである。

 日雇労働者は、地区有業者の10%未満の地区は全地区の28。2%であり、10〜20%未満の地区は全地区の24.2%であって、全地区の過半は日雇労働者が、20%未満の地区となる。また、地区有業者のうち50%以上が日雇労働者である地区も全地区の15.3%あった。

 常用労働者についてみると、10%未満と10〜19%の地区がそれぞれ25%を超えており、全地区の70.9%は常用労働者が30%未満の地区であり、常用労働者が50%を超える地区は9%にすぎない。

 自営業者については、日雇、常用労働者とは様相を異にしており、50%を超える地区は、60.7%である。同和地区が、伝統的な部落産業ないしは零細農業に依存していることが推察される。

(ヘ) 生活保護法による保護の受給状況
 全国同和地区407,279世帯のうち、生活保護法による保護を受けている世帯は29,063世帯であって、同和地区の100世帯当りの被保護世帯数は7.1となる。これを全国平均の3.2と比較するとその2倍を超えるというひらきがあり、同和地区内の被保護世帯は一般よりかなり多い。

 同和地区の100世帯当り被保護世帯数は、長崎52.4を最高として、香川、福島、高知、福岡、徳島、佐賀の諸県では、いずれも15.0を超えており、茨城、長野、栃木、千葉、埼玉の諸県では2.0を割っている。

 各府県の100世帯当りの被保護世帯数と、同和地区のそれとはかなり相関的な関係にあり、各府県の平均が高い府県においては、同和地区においても高いという傾向がみられ、府県平均が全国平均の3.2より高く、同和地区平均が全国の同和地区平均の7.1より高い府県は11であり、一方府県平均が3.2より低く、かつ、同和地区平均が7.2より低い府県は15である。

 しかしながら、香川、福島、京都、岐阜、滋賀、広島、奈良、愛知の諸府県のように、府県平均の100世帯当り被保護世帯数は、全国平均の3.2と同程度ないしは、それを下まわっているにもかかわらず、同和地区においては、全国平均の7.1を上まわっている県もみられ、注目に値する。

(3) 精密調査による地区の概況

 審議会は、同和対策の具体的資料として前述の基礎調査と合わせて、昭和37年7月以降全国から16ヶ所の地区を選び精密調査を行なった。(詳細は附属報告書にゆずる。)ただし、部落の多様性によってこれらの地区が必ずしも全国の平均水準を示すものではないことはいうまでもない。同和地区の形成が、地区の全体的な後進性の原因としての差別と結果としての貧困によるものであるが、地域社会の多様性によって状態はいろいろな形でとらえられる

(イ) 立地条件
 同和地区は、伝統的に、きわめて劣悪な地勢的条件にある。すなわち、河川沿い、河川敷地、沼沢地、傾斜地、荒地など都市、農村を通じて一般の土地利用には、不適な土地に位置している。そのため、同和地区は、洪水や大雨のときは大きな被害を受けることが多い。

 ただ、都市同和地区の場合は、一般的には市街地の拡大や交通の発達、産業規模の拡大等によって、または戦災等によってかなり変化した例(大阪市のごとき。)もある。しかし、全国的にみると、変化は少なく、伝統的な劣悪な環境の中で問題がくりかえされているのが多い。

(ロ) 人口の状態
 一般的には、人口の離村向都の現象が目立ち、また、都市的地区では一般人口の混住がみられる。

 同和地区人口は、女の方が多いが、男女だいたい同じ数の地区が大部分である。これは男に流出するものの多いことに原因すると考えられる。年齢構成は、15歳〜25歳の層が比較的に少なく、いわば中くびれ現象を示して明らかに地区住民の生活機能が停滞せざるを得ない原因となっている。

 同和地区の居住密度は、一般地区の場合とくらべて、とくに過密であるとはいえないが、都市的地区は住宅が密集し、長屋、間貸家、間借などがみられ、スラム化しているところが多い。

 経済の高度成長にともなって、一般農村は活発な離村向都の人口移動を示すが、部落も一般地区ほどでもないにしてもかなり顕著な人口流出をみせている。ただし、戦後の状況をみると、戦前戦中の流出人口が、疎開、離職、戦災、夫の死亡などの事情で帰郷した者が少なくない。この現象は、一般の地区にもみられるが、同和地区の場合は、差別と生活難のために帰郷を余儀なくされた者が多い。

 第二次世界大戦前は、一般地区と同和地区とは、河川や田畑や道路や堀などにより区別されていたが、最近都市的同和地区の場合は、地区自体の膨張や住宅や工場地を求めての一般人口の来住によって、混住する傾向が強い。この傾向は地区の中心にまではいたらず、その周辺に多いこと、また町内会を同じくしても、両者の生活関係には、多少とも緊張や距離がみられる場合が多い。

(ハ) 家族と婚姻
 家族の大きさは、農村的地区、都市的地区ともに一般地区のそれと比較して、とくに異なった傾向はなく、だいたい1世帯あたり4〜5人というところであるが、ただ、農村的地区は都市的地区と較べるとやや多い。

 婚姻関係は、正常な形態を示すものが大部分で、離婚や死別したものは、とくに多いということはない。結婚の形態は、全体としては、見合婚が多いが、若い年齢層には、自由婚もかなりの率を占める。

 結婚に際しての差別は、部落差別の最後の越え難い壁である。関係住民の結婚は、伝統的に「部落内婚」の封鎖的な形態をとり、ほとんどが同一地区民間か他地区住民との間で行なわれ、一般住民との通婚は、きわめて限られている。

(ニ) 産業と職業
 産業では、農業や商工業の零細経営やその雇用労働者や単純労働者が多く、近代産業への雇用労働者は少ない。農村部落では、田畑の農耕が主体であるが、果樹園芸を兼営している地区もみられる。農業の経営規模は、きわめて零細で、ほとんどの地区は平均4反前後である。そのため、専業農家はきわめて少なく、大部分は兼業農家で、日雇労働、雇用労働、行商、出稼ぎ、わら加工などに従事している場合が多い。

 都市的地区は、従来、何らかの伝統産業を営んでいたが、そのような地区や住民は次第に減少し、雇用労働や単純労働や商業、サービス業への転換が増大している。産業種別は、全般的には屠肉業、皮革業、製靴業、荒物業、履物業、行商や仲買業などが多い。

 職業で注目されるのは、全体として零細企業経営者やその従業者がきわめて多く不安定であること、親と子女の間では、大きな違いがみられることである。親は伝統的な産業ないし職業や単純労働などへの従事が多いが、子女はそうした職業より、近代的雇用労働を希望するものがみられるが、これとともに近代的な大企業への就職はきわめて少ない。

 このような事情は、一見すると知識や技能や教育程度の低さによるとみられるが、基本的には社会的差別によってより就職ができないのが原因である。

 また、子女の雇用労働が多くなったのは、子女が伝統産業や単純労働を嫌うためであるが、根本は経済成長にともなう労働力の絶対的不足が大きな原因であり、そのなかで低い賃金のなかに置かれているということである。

(ホ) 教育の状況
 教育の状況は、学校教育における児童生徒の学業の不振と社会教育の遅れ、同和教育の不振等が目立っている。学校教育における児童生徒の成績は、小学校、中学校のいずれの場合も、全般的にかなり悪く、全体的にみると上に属するものもいるが、大部分は中以下である。

 中学生徒の進路状況は、都市的地区、農村的地区ともに就職者が大部分であって、進学者は少なく、進学率は一般地区の半分で、30%前後である。進学率の劣るのは、家庭の貧困か本人の学力不振によるものが多い。しかし、親の教育関心はきわめて高く、80%前後の者は子女の進学を希望しているのは注目される。

 社会教育活動は、地区によっては、隣保館ないし集会所(公民館)を拠点として、かなり活発になされているところがあるが、全般的には、低調である。その理由は、施設や設備の不備、職員(とくに指導者。)や予算の不足、職務の多忙などであるが、なかでも指導者の不足が問題となっている。

 社会教育団体活動は、青年団は少なく、婦人会と子ども会を中心にされているが、その主な内容は、婦人会活動の場合は、生活技術や一般的教養に関する講習会、講演会、見学会などであり、子ども会の場合は、見学会、レクリエーション、補習学級などである。なお、青年団活動の少ないのは、その年齢層の人に流出が多いのを裏書している。

 同和教育は、実際には学校教育と社会教育の場でなされるが、現状は低調さを免れない。

 これは一つには、同和教育の基本方針の不徹底のためであるが、二つには、現場の教員や指導者の知識や訓練の不足のためとみられる。

 住民の教育水準は、親の層も子どもの層もかなり向上したが、しかし一般地区と比べると、まだかなり劣っている。例えば、昔なら親の教育水準は、小卒や高小卒がほとんどで、旧中卒はきわめてまれであったが、こんにちでは、旧中卒も15%前後があるし、子どもにいたっては、高校卒以上が30%前後はある。しかし、これは一般地区の場合、親の層が30〜40%、子どもの層が60〜70%であるのに比べると半分以下である。

(ヘ) 生活環境
 同和地区がしばしば低所得層密集地区(スラム)と同一視されるのは、外見的生活条件がきわめて劣っているからである。

 道路及び下水排水路は一般に未整備で、保健衛生や火災防止上危険などの点からも改善の余地が十分にある。また、路上の街灯設置についても、整備された地区はきわめて少ない。

 上水道設備の普及は、いぜんとして共同利用、あるいは井戸の利用という状態がみられる。都市的地区でさえも現在、井戸利用がまだ少なくない。屎尿と塵芥の処理施設は、都市的地区の場合、次第に整備され、一般市街地なみになっているが農漁村の場合不完全なものが多く、ことに、塵芥の放置、あるいは、その不完全な処理が地区内でなされることが多い。

 住宅状況は、改良住宅の増設による整備がかなり進行している地区が見られるが、不良の木造過密住宅のままに取り残されている場合が多い。住宅形式は、多くは木造平屋の独立家屋または長屋である。都市的地区の中には、道路建設予定地その他に不法占拠もみられ、また、都市、農村的地区を通じて仮小屋住宅もある。
 住宅設備のうち、共同浴場を持つ地区はかなりあるが、台所、便所は十分ではない。ことに共同便所の利用がまだ多くの地区にみられ、また非衛生な汲取式便所の改善はほど遠い。光熱設備は、都市の場合、都市ガス利用の世帯が多少ともみられるが、農村をふくめて、その普及率はきわめて低く、石油コンロや薪炭の利用が多い。

(ト) 生活水準
 同和地区住民の所得水準は一般に低く、また、その向上は先にみた地区産業、職業構成の特徴からも明らかなようにかなり困難な状況にある。同和地区人口の多くは単純労働、不定期労働に従事し、月収額は少なく、しかも一定しない場合が多い。収入は都市、農村地区ともに、。家族的就労による場合が多い。すなわち、世帯主のみに依存することが少なく配偶者あるいは同居家族員の個別的就労による複合的収入形態の場合が多い。
支出については、収入額ないしはそれを超える場合が多くみられる。しかも、限られた収入を無計画に支出するという傾向がみられる。エンゲル係数がきわめて高いのも一つの特徴である。
収入形態については、家族員の勤労収入ないしは一部に単独の自営による世帯が多いが、二人以上の家族員の勤労収入あるいは勤労収入と事業収入の総合もかなりみられる。また、財産収入、福祉年金、失業保険、扶養仕送りなどによる世帯も僅かながらにみられる。

耐久消費財の普及率は、全般的にみて低い。ことに、ミシン、電気洗濯機、テレビは全国平均より低い。新聞雑誌の購読率は、ともにかなり低い場合が多く、ことに雑誌については、定期購読をするものはほとんどない。それらの普及率は、同和地区住民の所得水準に対応してみられ。低所得階層については経済水準と同様に、文化水準の低劣さが認められる。

(チ) 生活福祉
地区における経済、文化水準の低さは、住民の貧困、疾病などの社会問題をもたらすほか、非行、犯罪、不就学、長欠などの病理現象を発生させる原因となる。

地区全般を通じて、各種公的扶助の受給世帯の割合が多いことも無視できない。

他方、各種社会保険への加入率は、全般的に低く、健康保険、共済組合、国民健康保険などへの加入率は、一般地区と比較してかなり下回っている。また、講組などのいわゆる私的扶助への依存は、以前と比べてかなり減少しつつある。

農村地区の場合は、被保護世帯の割合が少ない。しかし、その結果、地区の生活程度が高いとはいえない。

生活福祉に関する同和地区住民の積極的な働きかけは、きわめて部分的、一時的である。たとえば、地区内の青年団、婦人会、老人クラブ、子ども会その他の地域団体への積極的な関心と参加は消極的である。そうした地域団体は、地区住民の積極的な参加をうながし、十分なかつ関心をそそる機能をもたない。また地区内における福祉活動の専門的従事者による適切な指導もない場合が多い。

(リ) 同和問題意識
 「差別」に関する人権意識に関しては、一般地区において、同和問題の認識の不足が強く指摘される。しかも、一般地区住民の間にかなりの誤解や偏見が残されており、性、年齢階層、あるいは地方によっては、まだ強い「差別感情」が残存している。一般の人々には「結婚、就職に際して、今日は、憲法に保障された基本的人権がすでに保障されている」とするもの、つまり「部落の有無に拘わらず人権の侵害はない」とするが、同和地区住民の場合は結婚、就職に際して、すでに直接的な差別経験をもったことにより、「人権は守られていない」と主張するものがある。

 一般地区住民の同和地区および同和地区住民に対する直接的な感情、態度をみると、都市、農漁村地区に共通してみられる問題は、地区住民との交際が形式的に求められるとしても、本質的には一般地区住民の側からの交際は消極的であり、むしろ、それをさけるという傾向があること。同和問題に関する正しい認識や知識をもたず、また、問題解決に対しての積極的な熟慮がうかがわれないこと。地区によっては、地区住民の粗暴さ、態度、服装、教育程度、教養、貧困などの点に問題を認め、明らかに直接的差別の言動を示す場合もあることが認められた。

 地区住民の多くの経験する差別言動は、「就職、職業上のつきあい」、「結婚に際して」、「近所付き合い」、「学校を通じてのつきあい」などである。そのうち就職、結婚に際しての差別経験者がことに多く、しかも、性別、年齢別にかかわりなく何らかの直接的な差別を経験している。また、地区周辺の一般住民の間には、たとえ直接的な差別言動の表示がなくなっても、なお「差別は残る」という者、あるいは、「差別はどのような社会的施策を通じても解決されない」と考えるものもみられた。
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第2部 同和対策の経過
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1.部落改善と同和対策

 明治4年に解放令が出されたことは、同和問題の画期的な出来事であった。しかし、実質的な解放を保障する行政施策が行われなかった結果、その後しばらくして、みずからの努力で同和地区を改善しようとする自主的な運動が、同和地区住民のあいだから起こったことは注目されてよい。

 明治維新につづいて起こった自由民権運動に刺激され、社会の最底辺に抑圧されていた同和地区住民が自主的運動に走ったことは当然である。ルソーの民主主義思想をはじめてわが国に移入した中江兆民とその門下の前田三遊は、しきりに同和問題を論評して同和地区住民の自覚を喚起することに努めた。その影響を受けた青年らが中心となり、岡山県の一角に、「備作平民会」という改善運同団体が生まれたのは、明治35年6月で、これが同和地区改善運動の先駆となった。

 備作平民会は、「先ず同族間の積弊を廓清し、しかる後外に対して鬱屈を伸べんとする」方針のもとに、風教改善、道義の鼓吹、殖産教育の奨励、人材の養成などを積極的に行い、自主独立の基礎を固め、しかるのち社会に向かって反省を促そうとするもので、内部改善主義の典型ともいうべき主張をかかげていた。

 ついで、明治36年7月、大阪市で「大日本同胞融和会」が結成された。この創立総会には、東京、愛知、三重、京都、大阪、奈良、和歌山、兵庫、岡山などの各府県をはじめ、九州、四国の各地から300人にのぼる地区代表が参加し、全国的規模の集会となった。この総会で決定された活動方針も備作平民会のそれと基本的には変わりなく、道徳の修養、風俗の矯正、教育の奨励、衛生の注意、人材の養成、勤倹貯蓄、殖産興業などをかかげている。いずれにしても、大日本同胞融和会の結成は、改善運動が全国的に発展したという意味で大きな意義が認められる。

 日露戦争後、国の財政は窮迫し、国民の生活は物価騰貴のため困難を加えた。国力の回復と国民生活の安定が政府の緊要な課題となった。内務省は地方改善事業に力を注ぎ、模範町村の設定を奨励指導した。ところが、関西地方の府県知事は、同和地区があまりにも劣悪な状態にあるため、直ちに模範町村などをつくることの困難なことを訴えた。その後政府は、明治40年に全国の同和地区調査を行ない、奨励金を交付して「模範部落」や、改善功労者を表彰することとした。かくて大阪、和歌山、兵庫、奈良、京都、三重などの各府県で、地方改良事業の一環として部落改善事業がとりあげられるにいたったのである。

 ついで、大正元年11月7日、8日の両日、内務省主催の全国細民部落協議会が開かれ、教育、風俗、職業、住居、衛生、医療、納税、貯蓄、金融、社交、移住、宗教などあらゆる問題が論議された。その席で当時の地方局長水野錬太郎は、「部落を完全に改良して国家のため有為の民たらしめ、もって国家を富強にしたい」、そのためには、「地方の篤志家や有力者と協力し、官民合同で、精神と物質の両面から部落改良に努めねばならない」と、政府の見解を述べている。

 こういう部落改良方策が具体的にはどのように行われたかを知るため、三重県の例をとってみよう。元内務省警保局長であった三重県知事有松英義は、県の滋恵救済員竹葉寅一郎というキリスト者を実際指導にあたらせ、警察署長や郡町村長が協力して各地区毎に「自営社」なる団体を作らせ、「愛国心ヲ扶植シ人道ヲ啓発シ清潔法ヲ励行シ教育ノ普及ヲ計ル」改善運動を起し、生活改善、風俗矯正につとめた。このような改善運動を推進する自営社の規約の冒頭に「至仁ナル聖世ニ生レタル御蔭ナレバコソ吾等ハ今日ノ御恵ニ遭フコトヲ得クルヲ有難ク思ヒテ毎朝三拝スル事」と規定している。当時の部落改良施策の慈恵的な性格を端的にあらわしたものといえよう。
 大正時代における民間運動を代表する「帝国公道会」は、大正3年6月大江卓の発起で創立された。その趣意書に「同胞中今日猶ほ頑めい固ろう、日常相互の交際に於いて聖旨の在る所を忘失し、人道上の大道を無視して恬然恥ずべきを知らざる者甚しとぜず。

 是れ実に我社会の一部に未だ全く蛮国を脱却せざる者あることを表明するものにして、吾人の国家の為に決して袖手傍観するを得べき所にあらざるなり」と述べているごとく、その意図するところは、社会一般の迷蒙を打破せんとする人道主義の同情融和運動であった。

 一方、この時点に、同和地区の人々の自覚に基づく自主的な改善運動が勃興したことに注目しなければならない。すなわち、大正元年8月奈良県に「大和同志会」が結成されたのをはじめ、福岡県に鎮西公明会、広島県に福島町民一致協会、島根県に出雲同志会、岡山県に岡山県同志会が相次いで結成され、部落改善運動が展開された。

 これらの団体はさきに引例した明治時代の三重県における自営社とは性格を異にし、上からの奨励による官製の団体ではなく、下から同和地区住民の自主的な団体として組織されたのである。前記の細民部落協議会に和歌山県代表として出席した岡本弥が内務大臣平田東助に提出した要望書は、当時の改善運動指導者たちの見解や主張を代弁している。すなわち、

1.部落特有の職業は成るべく改めしむるよう奨励し、皮革の如き厭ふべき臭気ある職業は人家稠密の場所には禁止すること。

又履物直しその他見苦しき職業は取締規則を設け体裁を改めしむるようの処置を希望す。

1.細民の住屋は採光と煙出しの不備より、眼疾を招くこと多し。又便所の設備概して不完全なり、府県には家屋建築条令を設け一定の猶予期間を与えて、漸次改造を命じられたし。

1.住居道路溝渠の掃除に就いても、取締規則を制定せられたし。

1.部落の人口は益々増殖し細民は益々増加す。他へ移住策について格別の考慮を払われたし。

1.部落特有の疾患にトラホームあり、これが根治については格別の施設を願いたし。

1.部落の弊風は一朝一夕で醸成されたものではないので、単に指導奨励丈では到底改善さるべきとは思われない。国家として相当の助成金を支出されるよう、御配慮願いたし。

1.部落の改善に、部落民の自覚は最も肝要の次第なるも、部落民の自覚を障害して居るものは一般民の差別行為である。以下二〜三の実例を具陳せん。

(1) 官衛公署は勿論、会社工場には部落民を使用されていない。
部落民の教育が進まないのは、皆これに原因している。

(2) 小学校、中学校は勿論、専門以上の学校に部落民の入学は甚だ困難である。
学校内における差別撤廃は部落民の就学心を向上せしめる唯一の方法である。

(3) 相当学識を有するものは、努めて官公署に任用されることともなれば、部落の人心を鼓舞激励し、教育は奨励を待たずして進歩すべきことと信ず。

部落改善は、つまり富の向上を図ることである。

1.部落民なるが故に営業上に又農民の小作上に於いて、不利な立場に於かれている実例は少なくない。是等差別的行為の除去に努力されたし。

以上のごとく、明治、大正時代の部落対策の改良主義的特徴は、
同和地区住民の生活実態の劣悪性がわが国の社会経済体制の病理に由来することを理解せず、ただ単に地区住民の主体的条件を改善整備することによって同和問題の解決が実現されるとの認識にあったのである。

2.解放運動と融和対策

 同和問題が政府をはじめ広く社会一般から注目され、深い関心を持たれるようになったのは、大正時代後半のことであり、その契機となったのは、7年7月に勃発した米騒動と、11年月結成された全国水平社の運動である。

 米騒動は、米価の暴騰により生活難に陥った広範な低所得者層の憤激が自然発生的に暴動化したものである。

 この暴動に京都、岡山、広島、津、名古屋等の都市に於ける同和地区住民が、勤労者や市民など一般大衆とともに多数参加し、激烈な行動に出たことは事実である。

 また、滋賀、奈良、和歌山、富山、香川、山口、福岡等の各地で地区住民が暴動に参加したことも事実である。けれども、同和地区住民のみで米騒動を起したのでもなければ、差別問題が原因で暴動化したものでもなく、また、同和地区住民が計画的、組織的に暴動を指導したものでもなかった。

 しかし、第一次大戦の経済的影響による未曾有の好景気のなかで、同和地区住民の大多数が差別の中の貧困ともいうべき劣悪悲惨な生活状態におかれていたことと相まって、多年にわたって鬱積した差別圧迫と憤懣が爆発して、多数の地区住民をして米騒動に参加させた。

 政府をはじめ社会一般の関心は、そのような反社会的エネルギーが潜在する同和問題の深刻さと重大さに集約される。

 言いかえれば、米騒動によって同和問題は新しく発見され、重大な社会問題として認識されたのである。それを立証したのが、帝国公道会主催の同情融和大会であり、大正9年度の国の予算に地方改善費が5万円計上されたことである。

 帝国公道会が東京築地本願寺で第1回同情融和大会を開催したのは大正8年2月であった。大会には貴衆両院議員、関係各省大臣をはじめ、華族、学者、宗教家および同和地区の有力者など430余名が出席した。
大会宣言をみると「もしこれ欺の如くして其途を改めずんば彼等の内過激思想抱くものに至っては、或いは社会を呪詛するものを出すなきを保すべからず」とのべ、為政者の反省を促している。

 この大会に参集した同和地区の有力者たちは別に会合を持ち対策を協議した結果、内務省、陸軍省、海軍省、文部省などの関係各省および各政党に対し、部落改善に関する陳情を行なうとともに、翌3月第41回帝国議会に請願書を提出した。

 ついで大正10年2月第2回同情融和大会を開いたが、この大会には全国各地の同和地区代表が多数参加した。大会のあと和歌山県、広島県、山梨県等の同和地区有力者数名が実行委員に選ばれ、関係各省に陳情して部落改善政策の積極的な実施を要請した。

 そしてさらに、第42回帝国議会に次のような請願を行なった。

1.部落民を官公吏に採用すること。
1.官公文書、身元調査等に特殊部落又は其他忌むべき文字を記載せしめざること。
1.軍隊内に於ける差別待遇を廃止すること。
1.教育上に於ける差別待遇を廃止すること。
1.部落改善団体を組織すること。
1.部落改善調査機関設置のこと。
1.部落改善費は国庫より支出せられたきこと。
1.内務省に部落改善事務の局課を設け、専任の管理を置くこと。
1.地方庁内に社会課を設け、部落改善の専任官吏を置くこと。
1.北海道に団体移住する戸数の内規制限を撤廃すること。

 この請願の内容は、当時同和地区指導者たちが同和対策としてどのような具体的施策を要求していたかを知る好資料である。それは一言でいえば、明治、大正初期の改良主義運動と基本的には変わりない要求であるが、内部改善第一主義から脱却して行政施策の要求に発展したという点で前進がみられる。

 このような情勢のなかで政府は、全国部落調査を行なうとともに、9年8月新設された社会局の諮問機関である社会事業調査会の答申「部落改善要綱」を採択して行政方針を確立し、翌10年度には予算を21万円に増額して施策の拡充をはかった。

 かくて、同和問題が政府の政策のなかにとりあげられたのに呼応して8年10月高知県公道会、9年8月岡山県協和会、10年3月広島県共鳴会などの新しい融和団体が相ついで結成された。また、全国的な組織を有する団体としては、有馬頼寧を会長とする同愛会が10年9月に結成され、この時期における民間団体の改善、融和運動はようやく全国的に拡がっていった。

 そして、指導理念や運動方針も、労働運動や社会主義の抬頭、国際的潮流としての民族自決、人種平等等の思想的影響をうけて大きく変化した。

 すなわち、従来の部落改善を第一とする改良主義から差別撤廃に重点を置く融和主義の方向へと転換したのである。

 このような融和運動に対抗して、大正11年3月3日京都の岡崎公会堂で全国水平社の創立大会が開かれた。
近畿地方を中心に、中国、九州、四国、関東、中部各地方の同和地区代表約2千名が参集し、会堂にみなぎる悲壮な感激と異常な興奮のなかで、人権宣言ともいうべき全国水平社結成の宣言が発表され、つぎのような運動方針の大綱を示す綱領が満場一致で採択された。

1.我々特殊部落民は、部落民自身の行動によって絶対の解放を期す。
1.我々特殊部落民は、絶対に経済の自由と職業の自由を社会に要求し、以って獲得を期す。
1.我等は人間性の原理に覚醒し、人類最高の完成に向って突進す。

 全国水平社は、改良主義の部落改善ではなく完全な解放を目指し、協調的な融和主義ではなく差別撤廃のため闘争する自主的団体として発足した。

 これは融和団体と根本的に異なる性格である。この全国水平社の運動は燎原の火のごとき勢いで全国的に拡がり、「我々に対し穢多及び特殊部落民の言行によって侮辱の意志を表示したる時は徹底的糾弾を為す」という大会決議が実践にうつされたため、初期の段階において一面では反社会的現象もあらわれたことは否定できない。けれども他面において、同和地区住民の基本的人権に関する自覚を高めたこと、部落差別の不合理性についての社会的認識を普遍化したことなど、水平社運動が果たした役割は大きかったといわなければならない。

 全国水平社が結成された翌年の国の地方改善費予算は、一躍前年度の2倍を超える49万1千円に増額された。政府は、12年8月内務大臣訓令を出して、差別的偏見打破の必要を力説するとともに、積極的に融和運動の奨励助成に努めたので、全国の関係各府県にもれなく融和団体が組織された。そして、さらに民間融和団体を統合した全国的連合体である中央融和事業協会がつくられ、平沼麒一郎が会長となり内務省の外郭団体として水平社の運動に対処する陣容が整えられたのである。

 昭和5、6年にわが国農村を襲った農業恐慌に対処するため、政府は時局匡救対策を実施したが、そのさい同和対策の応急施策として貧困な地区農民を救済する事業が行なわれた。それが契機となって、従来の観念的な融和運動から自覚更生の経済施策に重点をおく運動へと発展した。そしてさらに昭和10年「融和事業の綜合的進展に関する要綱」が決定され、それに基づいて昭和11年度を起点とする「融和事業完成10ヵ年計画」なるものが立案された。その内容をみると、経済更生施策と教育文化施策を大きな二本の柱とし、経済更生施策としては、中堅人物の養成と自覚更生運動に重点をおき、教育文化施策としては、同和教育の振興と差別解消のための啓発教育活動に力点をおくものであった。このことは従来、無計画であった同和対策に総合、統一性と計画性とを与えたという意味で、画期的な意義をもつものであった。しかし、政府はその計画を全面的に採用する予算措置を講じなかったので、折角の計画も中途半端におわり、やがて太平洋戦争の勃発により同和対策は戦争政策の犠牲にされ、険しい時局の暗闇のなかに埋没されてしまった。それと同時に、中央融和事業が指導する融和運動もまたしだいに国家主義、軍国主義の傾向を強め、戦争目的に順応する国民精神総動員運動の一翼と化し、本来の目的と役割とを喪失していったのである。

3.現在の同和対策とその評価

 太平洋戦争に敗北した日本は、連合軍の占領政策の方針として、同和地区を対象とする特別の行政施策は禁止されたので、政府の同和対策は中断され行政の停滞を余儀なくされた。

 戦争によって荒廃した社会経済情勢のもとで、国民一般の生活は極度の窮乏に陥ったが、特に同和地区住民の困窮が甚だしかったことはいうまでもない。しかも、部落差別はいぜんとして存続し、差別事件によるトラブルが各地で頻発した。つまり、戦後のいわゆる民主的改革にもかかわらず同和問題は未解決のままで取り残されたわけである。

 このような情勢のもとで、昭和22年2月「部落解放全国委員会」(のちに部落解放同盟と改称された。)が結成され、自主的な解放運動が再組織された。

 戦後の部落解放運動は、水平社運動の伝統を継続し、その経験と理論の上に立って発展したものであるが、その特徴は、いわゆる「行政闘争」を中心に同和地区を基盤として組織を拡大したことである。すなわち、部落差別についての認識を深め、従来水平社が行なってきた心理的差別に対する糾弾闘争から前進して、実態的差別の存在を強調し、その責任は行政の停滞にあるとして、地方公共団体及び政府に対し部落解放の行政施策を要求する大衆闘争を全国的に展開するにいたったのである。昭和33年に起こった教職員の勤務評定反対闘争に部落解放同盟が積極的に参加し、同和地区住民に大きな影響を与えたことはその顕著な一例である。また、部落解放同盟が労働組合や革新的政党と共同して、生活安定と権利擁護のための闘争や平和を守る闘争に積極的に行動するようになったことは注目される。

 一方では、昭和26年11月、近畿、中国、四国、九州などの地方公共団体の同和対策関係職員を中心とする「全日本同和対策協議会」が生まれた。当初の数年間、全日本同和対策協議会は、部落解放同盟と提携協力し、政府に対して同和対策の積極的実施を要請する運動を行なった。しかし、結局指導理念を異にする両者の意見が対立し、ついに袂を分つにいたったのである。その後、昭和35年5月、同和地区住民を中核とし、全国民運動をめざす「全日本同和会」が結成された。この二つの団体は、戦前の部落改善、融和運動の流れを継続し発展したものということができる。そしてこれらの民間団体はそれぞれの立場から、中断された同和対策の復活を強く要望し、総合的な同和対策を国策として樹立し同和問題の根本的解決をすみやかに実現するよう政府と国会に対して要請するに至った。

 かくて、講和条約が発効してのち、昭和28年度の国の予算に戦後はじめて、同和地区に隣保館を設置する経費の補助金が計上され、31年度からさらに共同浴場、34年度から共同作業場及び下水排水施設というぐあいに環境改善事業の予算が増額され漸次戦前の同和対策が復活していった。しかし、それは部分的な改善事業にとどまっていたので、同和問題の抜本的解決をはかる総合的対策の樹立を要請する声がしだいに高まった。そこで政府は、昭和33年内閣に同和問題閣僚懇談会を設け、関係各省の行政施策のなかに同和対策をとり入れることとした。また、一方政党でも自由民主党、日本社会党がそれぞれ特別委員会を設けて同和対策を検討し、政策審議会の決定を経て各党が同和対策要綱を発表するにいたった。民間においては、昭和35年に部落解放同盟を中心とする「部落解放要求貫徹請願運動」が全国的な規模で展開されたのをはじめ、全日本同和会および全日本同和対策協議会の国策樹立要請運動が強力に推し進められた。その結果昭和35年の第35回臨時国会に、自由民主党、日本社会党および民主社会党が人権尊重の建前から超党派的に連携して、同和対策審議会設置法案を共同提案し、国会は全員一致をもってその法案を可決した。

 政府のこれまでの同和対策は、厚生省と文部省および建設省の所管に属する行政施策が主なものであるが、同和問題閣僚懇談会が内閣に設けられてからのちは、モデル地区の設定に基づき総合的施策を実施する方向に進展し、労働省、農林省、通産省、自治省、法務省などの所管に係る各種の施策も新たに加えられ、国の同和対策予算も逐年増額されていった。このような政府の同和対策の発展にともない、その行政区域内に多数の同和地区を有する地方公共団体においても、政府の行政施策の実施に協力するだけでなく、独自の立場で自己の財政負担によって従来から行なってきた同和対策をより一層積極的に実施するようになった。

 以上述べた戦後の同和対策を戦前のそれと比較すれば、一歩前進したことはたしかである。このことは正当に評価されなければならない。

 本審議会は、以上概観した同和対策の経過にかんがみ、これまで政府によって実施された行政施策に対し次のような総括的評価を行ったのである。

(1) 明治の末から大正の初め頃までの政府による同和対策は、治安維持と窮民救恤《キュウジュツ》 の見地から行われた行政施策であって、その基本的性格は慈善的恩恵的なものであったことを否めない。ことに、当初地方改善行政の一環として行われた部落改善施策は、同和地区住民の自発的精神と自主的行動を基調とする生活改善運動として推進し発展させる方策がとられず、観念的、形式的な指導と奨励による風俗矯正にとどまったきらいがあった。

(2) 大正の中頃全国的に勃興した自主的な改善運動は同和地区住民の自覚のあらわれであったが、政府はそれにこたえて改善施策を積極的に行うことをせず、限られた僅かな予算で改善事業を慈恵的に行っていたにすぎなかった。

(3) 政府が同和問題の重要性を認識するにいたった契機は、米騒動と水平社運動の勃興であった。また、明治時代から現代に至るまで一貫して、政府の同和対策は多分に切実な要求と深刻な苦悩に根ざす同和地区住民の大衆的な運動に刺激され、それに対応するための宥和の手段として行われた場合が多かった。

(4) 従来、政府によって行われた同和対策としての具体的な行政施策は、応急的であって、長期の目標に基づく計画性と複雑多岐な側面を持つ同和問題に即応する総合性とに欠けていたことは否定できない。このような行政施策の欠点は、いわゆる縦割り行政の弊害から生ずるだけではなく、同和問題の根本的解決に対する政府の姿勢そのものに問題があったといわなければならない。

(5) 現段階においても、同和対策は一般行政に比し複雑困難な問題として扱われているかの感があるが、その正しい位置づけがなされていないと差別的な特殊行政となるおそれがある。したがって、政府によって行われる国の基本政策の中に同和対策を明確に位置づけ、行政組織のすべての機関が直接間接に同和問題の抜本的解決を促進するため機能するような態勢を整備し確立することが必要である。

(6) 国と地方公共団体の同和対策が一本の体系に系列化され、政府、都府県、市町村、それぞれの分野に応じた行政施策の配分が行われ、国が地方公共団体の財政上の負担を軽減する配慮が十分になされるごとき組織的な同和対策が確立されていないことも、大きな欠陥として指摘される。そのため、同和対策を積極的に実施するところと、ほとんどそれを実施していないところと、地方公共団体の態度如何によって生じる格差が大きく、全国的にきわめて不均衡な状態である。

(7) 国の予算に計上される同和対策の経費は逐年増額されている。しかしながら、同和問題の根本的解決をはかるために必要な種々の経費としては、きわめて僅少であった。政府が真実に同和問題の抜本的解決を意図するならば、なによりもまず、国が同和対策のために投入する国庫支出は、その社会開発的意義と価値を正しく認識し、飛躍的増大をはかることこそもっとも必要なことである。

(8) 以上の評価に立つと、同和問題の根本的解決を目標とする行政の方向としては、地区住民の自発的意志に基づく自主的運動と緊密な調和を保ち、地区の特殊性に即応した総合的な計画性をもった諸施策を積極的に実施しなければならない。

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第3部 同和対策の具体案
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 これまでの同和対策は、明治維新の際の太政官布告を拠りどころとするものであって、それはそれなりに無視することのできない意義をもっていた。けれども現時点における同和対策は、日本国憲法に基づいて行われるものであって、より積極的な意義をもつものである。その点では同和行政は、基本的には国の責任において当然行うべき行政であって、過渡的な特殊行政でもなければ、行政外の行政でもない。部落差別が現存するかぎりこの行政は積極的に推進されなければならない。

 したがって、同和対策は、生活環境の改善、社会福祉の充実、産業職業の安定、教育文化の向上及び基本的人権の擁護等を内容とする総合対策でなければならないのである。

 以上の諸施策は、各々その分野において強力に推進されなければならないが、同時に、総合対策として統一的に把握され、有機的かつ計画的に実施されなければならない。

 なお、この際とくに次の諸点に留意する必要が認められる。

(1) 社会的、経済的、文化的に同和地区の生活水準の向上をはかり、一般地区との格差をなくすことが必要である。このためには、生活環境の改善、社会福祉の充実、産業職業の安定、教育文化の向上等の諸施策を積極的かつ強力に実施しなければならない。なおこの場合、地区住民の自覚をうながし、自立意識を高めることが強く要請される。

(2) 地区住民に対する差別的偏見を根絶することが必要である。このためには、学校教育、社会教育を通じて同和教育の徹底をはかるとともに、人権擁護活動を活発に展開しなければならない。なおこの場合、部落差別はふるい因習や迷信と無関係ではあり得ない。したがって、このような弊風を温存する非合理性の強い、おくれた地域社会の体質を改善し、その近代化をはかるためにも適切な対策を講ずることがきわめて大切である。

(3) 同和問題を社会開発および経済開発の中に正しく位置づけ、前進する日本の政治態勢の中でその解決をはかることが必要である。たとえば、多年の懸案である生活環境の改善や就職の機会均等などの諸施策は、このような現在の前向きの姿勢の中で積極的に推進されなければならない。


1.環境改善に関する対策

(1) 基本的方針

 同和対策としての環境改善対策は、健康で文化的な生活を営むため、その生活基盤である環境を改善し、地域にからむ差別的偏見をなくすことである。すなわち、住むところが違うという意識を醸成する劣悪な環境を改善することは、社会福祉の充実、経済生活の確立および教育水準の向上などの諸施策の基底となるもので、特に重要な意義をもっている。

 したがって、この対策の実施推進にあたっては現行の制度や施策にとらわれることなく、前向きの姿勢で積極的に取り組む必要があり、とくに、社会開発の重要な課題として計画的に推進されなければならない。

1) 立地条件の改善
 部落が劣悪なる生活環境におかれている原因は、河川敷、堤防下、崖の上、谷間、低湿地、浜辺といったような大風雨や豪雨によって、たちまち災害を受けるようなことが多いからであり、中には人間の住むところではないといったような地域もみられる。すなわち、このような居住地域については、その実態を調査し、抜本的に改善する対策を樹てる必要が認められる。

2) 同和地区環境の改善
 同和対策としての環境の改善は、現在の地区の実態を根本的に解消するというねらいをもつものでなくてはならない。その方針としては地区整理を実施する必要性が認められる。住宅地区改良事業、土地区画整理事業などの現行制度による改善が行われるにしても、特別な基準または特別な手法で行う必要がある。

3) 小部落地域の改善
 農山漁村の中の特に戸数の少ない地区の環境改善は、特別の配慮を必要とする。地理的条件はもちろん、経済的、社会的条件にも欠けているこれらの地区は、農政が曲がり角にきたといわれる中で取り残される実情の下にある。それは地区が経済的にゆきづまってきたことや、青少年が都会に流出しつつあることによってうかがわれる。その意味ではこれらの地区においては、住民の移住、転居をも考慮した適切な環境改善が必要である。

4) 環境改善対策の総合性
 環境改善対策は、社会福祉の充実、経済生活の確立及び教育水準の向上などの諸施策と相まって、実施されなければならない。住宅、道路、水道、下水などの基本的な施設はいうまでもなく、隣保館、保育所、診療所、集会所、共同浴場、共同作業場、児童遊園等の福祉施設もそれぞれの地区の実情に即して適当に設置される必要がある。

5) 環境改善と国の責任
 環境改善対策は、その歴史性と社会性に鑑みて、基本的には国の責任において実施されなければならない。現行制度の諸施策は府県や市町村など、地方公共団体の財源難のために、ゆきづまっているものが多い。いわんや用地の確保、造成に対する特別措置等、地区整理の目的を達成するような対策は、原則的には国の責任において実施することが必要である。

(2) 具体的方策

1) 地区整備対策
 市街地地区及び農山漁村地区の抜本的な環境改善をはかるため、住宅の建設、改修及び移転、道路及び上下水道の設置、集会所、保育所、隣保館等の施設の建設などを総合的に行う基本計画の作成を含む地区整備の制度を設けること。
 その際、災害危険区域その他立地条件の劣悪な地域については、防災的施設の整備、要すれば部落の移転についても行いうる制度とすること。

2) 住宅対策
T)公営住宅及び改良住宅の建設を積極的に行うこと。
U)住宅または宅地のための長期低利融資制度を充実すること。
V)住宅改修のための長期低利融資制度を充実すること。
W)農山漁村住宅の特殊性を考慮した制度を検討すること。

3) 生活環境の整備
T)地方改善事業対策
 地方改善事業については、対象地区の実態に即した環境改善事業が推進できるよう更に一層拡充強化をはかること。
 特に地区道路、下水排水施設、橋梁施設等の整備拡充、隣保館、共同浴場、共同作業場等の共同利用施設の整備拡充、その他共同井戸、共同炊事洗濯場、共同便所、墓地移転、納骨堂、火葬場、ごみ焼却炉、し尿貯溜槽、と場移転等の各種施設の整備拡充をはかること。
U)上水道普及の促進
 都市的地域はもとより、中小都市、農村地区における上水道の普及率はきわめて低い。全般的には水道の共同利用ないし井戸利用の形態が多い。したがって、都市、農村地区を問わず、普及率のいちじるしく低い地区に重点をおき、上水道、簡易水道の敷設、普及をはかる。ことに傾斜地、山間などの立地条件の悪い部落では、水資源の確保、給水能力の向上をはかること。
V)下水、し尿、塵芥処理
 下水設備の未整備、し尿、塵芥などの公的機関を通じての衛生的な処理のおくれや、公的な環境衛生施設の未整備については都市、農村地区とともに早急の解決をはかること。
W)公害対策
 都市的地区ないしは近郊農村地区に屡々集中してみられる零細な部落産業、家内工業の諸設備は完全な整備をみる場合が殆どない。ことに河川、下水の汚濁、騒音、悪臭などの非衛生的な生活環境は、稠密な部落の生活環境を阻害し、健康を害するおそれがでている。地区内の零細な諸産業の密集とともに、こうした公害問題の発生をみる。これに対しては、地区の公害問題の検討を促し、その防除を可能にする助成措置を保健福祉の面から積極的にすすめること。
X)公園、緑地、児童遊園等
 部落内には公園、緑地、児童遊園等の諸施設の設置が不十分であるので積極的にこれらの施設を整備すること。

2.社会福祉に関する対策

(1) 基本的方針

 地区は、「差別のなかの貧困」の状態におかれている。原始社会の粗野と文明社会の悲惨とをかねそなえた地区の実態は、日本社会の構造的欠陥の集約的なあらわれにほかならないが、その低劣な生活実態を媒介として差別の観念が助長されるという悪循環がくりかえされる。それゆえ、地区には一般平均をはるかにこえる生活保護受給率がみられるばかりでなく、疾病、犯罪、青少年非行など社会病理現象の集中化が顕著である。したがって地区における社会福祉の問題は、単なる一般的な意味での社会福祉ではなく、差別と貧困がかたく結びついた同和問題としての社会福祉の問題としてとらえるべきで、その対策の目標と方向は、

1) 憲法(第14条、第25条)の条文を現実の社会に具現し、対象地区住民の基本的人権を完全に保障することによって同和問題の根本的解決を実現することが究極の目標でなければならない。

2) 当面の目標としては、現行社会保障制度を改善、拡充、整備して国際的水準の社会保障制度を確立すること。さしあたり少なくとも、社会保障制度審議会の答申内容を早急に、全面的に実現すること。

3) 同和問題の特殊性にかんがみ、対象地区住民の個人および集団の諸問題を社会福祉の対象とし、一般的な社会福祉との関連の下に同和問題としての社会福祉を位置づけ、実効ある諸施策を積極的に実施すること。

4) 対象地区住民の近代精神を育成、助長して人権意識と国民的自覚を喚起し、自立向上の意欲を高揚すること。

(2) 具体的方策

T)社会福祉関係の公的機関、施設および民間関係団体の同和問題に関する認識と理解を普及徹底させる措置を講ずること。

U)公的機関を通じて対象地区に関する社会福祉調査を行い、国はその調査資料に基づく社会福祉計画を樹立し、総合的、計画的に所要の諸施策を実施して目標の達成に勤めること。

V)対象地区の社会福祉活動を推進する専門ワーカーの養成、配置に努めること。そのために社会福祉関係大学等の教育機関との連携を緊密にし、専門ワーカーの養成を委託する等適切な措置を講ずること。

W)福祉事務所、保健所、児童相談所、隣保館、公民館などの関連諸機関、施設および社会福祉協議会、新生活運動協議会などのほか、学校、地域団体などを包括する協議機関、活動組織を設け、対象地区の社会福祉を積極的に推進すること。

X)既設の隣保館、公民館、集会所などを、総合的見地に立って拡充し、その施設のない地区には新設して、欧米諸国にみられるコミュニティセンターのごとき総合的機能をもつ社会施設を設置するとともに、指導的能力ある専門職員を配置すること。

Y)公的扶助の保護基準額を引上げること。また、各種社会保険の被保険者負担を軽減するとともに保険給付の内容を改善すること。さらに保険未加入者解消のための適切な措置を講ずること。

Z)児童福祉、身体障害者福祉、老齢者福祉などを一層増進するための制度の充実、改善を促進するなど所要の施策を積極的に行うこと。

[)対象地区において顕著な疾病にたいする治療、予防、健康管理等の措置を積極的に行うとともに、リハビリテーションの推進、医療機関の整備などに万全の措置を講ずること。()伝染病予防、衛生思想の普及徹底、巡回診療、集団検診など公衆衛生の増進施策を積極的に行うこと。

\)伝染病予防、衛生思想の普及徹底、巡回診療、集団検診など公衆衛生の増進施策を積極的に行うこと。

])対象地区における心身障害者対策を強化し、乳幼児の特別検診による早期発見、療育相談の定期実施、身障者更正相談の実施などを積極的に行なうこと。

11)対象地区婦人の就労状況に鑑み、乳幼児保育所および児童の健全育成のための児童館等の設置を促進すること。また各種医療機関、保健所など公的機関、施設による家族計画、育児、母子保健、生活の合理化などに関し適切な指導を強化すること。

3. 産業職業に関する対策

(1) 基本的方針

 同和地区の産業・職業状態をみると、まさにわが国産業経済の二重構造の最底辺を形成している。同和地区の農漁村は、非近代的なわが国農漁業のうちでもとくにおくれた前近代的な零細経営であり、皮革履物等の伝統的産業は、中小企業以下の生業的な過小零細経営が圧倒的多数を占めている。これら同和地区の産業は、歴史的、社会的制約により日陰の存在としてわが国の経済発展から取り残されているのであるが、それはまた、わが国経済の高度成長を阻害する制約ともなっていることは見逃せない。とくに注目しなければならないことは、同和地区住民は、不当な差別により就職の機会均等が完全に保障されていないため、近代産業から締出され、いわゆる停滞的過剰人口が同和地区に数多く滞留していることである。

 それゆえ、地区住民の生活はつねに不安定であり、経済的、文化的水準はきわめて低い。これは差別の結果であるが、同時にまた、それが差別を助長し再生産する原因でもある。かくて、同和問題の根本的解決をはかる政策の中心的課題の一つとしては、同和地区の産業職業・問題を解決し、地区住民の経済的、文化的水準の向上を保障する経済的基盤を確立することが必要である。

 以上の見地に立つとき、同和対策としての産業・職業に関する対策の基本的方向と目標は、次のごとくでなければならない。

1) 同和地区のような経済的基盤の劣弱な後進地区では、社会開発と経済開発を併行的に行なうかあるいは社会開発を経済開発に先行させることが必要である。すなわち、同和地区の非近代的な社会経済構造を改革して、近代的な地域社会を建設する目標の下に、経済開発計画と関連させて地区住民の生活、文化、福祉の向上をはかる諸施策を積極的に実施し、地区の経済開発を推進する方向で地区の整備を行なうこと。

2) 同和地区には多数の停滞的過剰人口が滞留しているが、さらに経済の高度成長の過程で地区の産業の衰退に伴う失業者、転廃業者の多発が予想される。しかも差別のために就職困難という事情が加わるので問題は一層深刻である。このような地区の停滞的過剰人口を良質の労働力として育成して近代産業部門に就労せしめる人的能力の開発が必要である。特に新規学卒の若年労働者に重点を置いて積極的に実施すること。

3) 同和地区の経済開発は、わが国経済のいわゆる二重構造を解消する政策の一環として、地区の特殊事情に則した特別の配慮をもって行なわなければならない。すなわち、地区の農林水産業、各種製造業、各種販売業およびサービス業の実態を把握し、わが国産業経済の助成発展にたいして近代的企業として存立しうる条件を持つもの、あるいはその可能性を有するものに対しては、特別の助成及び融資等による保護育成の方針をとり、衰退産業部門に属する過小零細企業で早晩没落の運命を免れえないものに対しては、職業の転換を円滑に推進する等の諸施策を行なうこと。

(2) 具体的方策

1) 農林水産対策

T)土地改良、土壌改良、農地の開発造成、農道、水利、排水等の設備、土地の交換分合等の施設事業に対する助成と指導を積極的に行うこと。

U)動力、機械、科学技術等の導入、作業場、倉庫等共同利用施設の整備拡充などに必要な経費の補助と技術改良の指導を積極的に行なうこと。

V)畜産、養蚕、酪農、果樹、園芸、農産加工など適地適産の多角経営への移行を奨励指導し、それに必要な共同施設の整備に要する経費の補助、低利長期の融資等を積極的に行なうとともに生産経営等に関する技術指導を行なうこと。

W)国有、公有の開墾可能な山林、原野、沼沢等を払下げ、開墾、営農及び住宅建築などに対する助成、低利長期の融資等援助措置を積極的に行なうこと。

X)山林、草地など共有地の入会権、慣行水利権等に絡む差別を撤廃し、その利用と管理と民主化を促進する適切な行政措置を講ずること。

Y)離農を希望する農家の転業、転職を円滑ならしめるため、転業資金の融通、職業指導および職業訓練、就業斡旋など所要の援護措置を積極的に講ずるとともに離農者報償金制度の急速な実現に努めること。

Z)漁礁、養殖場など漁業生産基盤の整備、動力漁船の建造、漁具の整備、漁港の築造または改修など漁業の施設の整備改善に要する経費の補助と低利長期の融資を積極的に行なうこと。

[)他産業への転業、転職を希望する零細漁民に対しては、職業転換を円滑ならしめるため、転業資金の融通、転業指導、職業訓練および就職斡旋などの援助措置を講ずるとともに、漁業から離れるものに対する報償金制度の特別措置を講じ、生活の安定と向上とを図る施策を積極的に行なうこと。

\)農山漁村失業者対策および出稼ぎ対策を樹立し実施すること。

2) 中小零細企業対策

T)事業協同組合などの組織化を奨励指導するとともに既存組合の拡充、運営改善の指導と援助を行ない、企業集約化等の合理化と雇用関係、労働条件等の近代化を促進する諸施策を積極的に行なうこと。

U)協同組合等の共同施設に対する設備近代化資金貸付制度を活用し、企業の近代化を促進し生産性向上をはかる諸施策を積極的に行なうこと。

V)現行技術改善費補助金、技術指導費補助金制度を拡充改善するとともに公設試験研究機関を拡充強化し、「部落」中小零細企業の技術革新を促進すること。

3) 就業状態の改善対策

T)新規学卒者の近代産業への雇用を促進するため職業安定機関と教育機関の連携協力を一層緊密にし、職業指導、就職斡旋、定着指導等の諸施策を拡充強化すること。

U)対象地区関係の就職者が要望する場合は、雇用促進事業団において身元保証を行なうこと。

V)職業安定協力員制度を拡充強化し、対象地区関係者の就職を円滑に促進するため協力員の人選および配置に特別の措置を講ずること。

W)職業訓練所を増設、拡充し、対象地区出身の中高年齢労働者、失業者、不完全就業者、転廃業者等の職業訓練を積極的に行なうとともに訓練手当増額支給の措置を検討し、その実現に努めること。

X)農漁業及び中小零細企業の転廃業者および従業者の雇用を促進するための諸施策を積極的に行なうこと。

Y)求人者側の理解を求めるために必要な諸施策を積極的に行なうとともに、雇用の選考基準、採用方針、選考方法などに関する差別待遇を根絶するため、職業安定法に基づき啓発と指導を強力に行なうこと。

Z)「部落」出身の中高年者等就職困難な求職者の雇用を促進するため、職場適応訓練を拡充すること。

[)失業者就労事業における労務者の待遇改善、就職促進、新規失業者登録条件の実情に即した取扱等失業対策を拡充強化すること。

\)社外工、臨時工等不安定な雇用関係の下にある労働者の常用化を促進する措置を講ずること。

])中小零細企業における労働法規、社会保険制度などの厳正なる実施適用に関する指導監督を一層強化すること。

4.教育問題に関する対策

(1) 基本的方針

 同和問題の解決に当って教育対策は、人間形成に主要な役割を果すものとしてとくに重要視されなければならない。すなわち、基本的には民主主義の確立の基礎的な課題である。したがって、同和教育の中心的課題は法のもとの平等の原則に基づき、社会の中に根づよく残っている不合理な部落差別をなくし、人権尊重の精神を貫くことである。この教育では、教育を受ける権利(憲法第26条)および教育の機会均等(教育基本法第3条)に照らして、同和地区の教育を高める施策を強力に推進するとともに個人の尊厳を重んじ、合理的精神を尊重する教育活動が積極的に、全国的に展開されねばならない。特に直接関係のない地方においても啓蒙的教育が積極的に行なわれなければならない。

1) 同和教育についての基本的指導方針の確立の必要
 同和対策としての同和教育に関しては、遺憾ながら国として基本的指導方針の明確さに欠けるところがある。
 人権尊重の民主主義教育の推進が、地域格差の解消に役立つことを否定するものではない。しかし、戦後の民主教育がその方面に効果をあげつつも、戦後20年の今日、いぜんとして恥ずべき差別が日本の社会に厳として存在していることは反省されなければならない。
 すなわち、憲法と教育基本法の精神にのっとり基本的人権尊重の教育が全国的に正しく行なわれるべきであり、その具体的展開の過程においては地域の実情に即し、特別の配慮に基づいた教育が推進される必要がある。しかも、それは、同和地区に限定された特別の教育ではなく、全国民の正しい認識と理解を求めるという普遍的教育の場において、考慮しなければならない。このような認識の上に同和教育の基本的指導方針が、国として確立される必要がある。
 なお、同和教育を進めるに当たっては、「教育の中立性」が守られるべきことはいうまでもない。同和教育と政治運動や社会運動の関係を明確に区別し、それらの運動そのものも教育であるといったような考え方はさけられなければならない。

2) 教育行政機能の積極性
 国の指導方針の不明確の現状は、都道府県教育委員会などの対策においていちじるしい格差を生じ、民間教育団体の動きにもまた、さまざまな相違が生じ、その影響は義務教育段階においてとくにいちじるしい。このような格差のある教育行政の存在は、同和地区解放に大きな影響を与えるものである。全国的に均衡のとれた行政体制の確立が要望される。

3) 同和教育指導者の不足と充実
 同和教育は、学校教育、社会教育、さらに家庭教育をふくめたすべての教育の場で進められる。そのさいとくに必要となるのは地区と一般地区の別を問わず、同和問題に対して深い認識と理解をもつ指導者の不足していることである。
 同和教育が効果的に進められている地方は、この方面の教育に関心をもつ教員や指導者数に比例するともいえる。すなわち、地方の実情からすると、学校教育にせよ、社会教育にせよ、熱意のある指導者の存在するところが、同和教育は行届いているといえる。
 地区住民の生活向上、社会の差別意識の撤廃等は、その根本は深く、かつ広いので、その打開は必ずしも容易でない。特に解放の基礎となる生活と文化を高めるために、指導者の必要性が痛感される。

4) 政府機関相互の連絡の調整
 あえて、同和教育ばかりをいうのではない。しかし、とくに同和対策関係諸官庁の横の連絡には、欠陥が多い。
 学校教育における長欠、不就学の処置は、厚生省所管の生活保護ならびに社会保障との関連を必要とし、中学卒、高校卒の就職は、進路指導にともなって、労働省関係の職業訓練、就職斡旋と関係する。社会教育については、社会教育関係団体である青年団体、婦人団体との連携を密にし、厚生省所管の隣保館などの福祉施設と、文部省所管の公民館ならびに集会所との関係など、調整を要する部面も少なくない。

(2) 具体的方策

1) 学校教育

T)同和教育の目標、方法の明示
 同和教育の具体的な指導の目標、及び具体的な方法を明確にし、その徹底をはかること。
 とくに、差別事象等の発生した場合には教育の場においてそれの正しい認識を与えるよう努力すること。

U)学力の向上措置
 同和地区子弟の学力の向上をはかることは将来の進学、就業ひいては地区の生活や文化の水準の向上に深い関係があるので、他の施策とあいまって、児童生徒の学力の向上のため、以下に述べるような教育条件を整備するとともにいっそう学習指導の徹底をはかること。

V)進路指導に関する措置
 同和地区生徒に対する進路指導をいっそう積極的に行なうこと。
 特に就職を希望する生徒に対しては、職業安定機関等の密接な協力を得て、生徒の希望する産業や事業所への就職が容易にできるようにするとともに、将来それらの職業に定着するよう指導すること。

W)保健、衛生に関する措置
 同和地区児童生徒について、集団検診を励行するなど、保健管理及び保健指導について特別の配慮をすること。

X)同和地区児童生徒に対する就学、進学援助措置
 a 経済的事由により、就学が困難な児童生徒にかかる就学奨励費の配分にあたっては特別の配慮をすること。
 b 高等学校以上への進学を容易にするため特別の援助措置をすること。

Y)同和地区をもつ学校に対しては、教員配分について関係府県の教育委員会は特別の配慮をすること。

Z)教職員の資質向上、優遇に関する措置
 a 教員養成学部を置く大学においては、教員となるものに対し、同和問題に関し理解を深めるよう特別の措置を講ずること。
 b 教職員(教員、校長、教育委員会職員)に対し、同和教育に必要な資料を作成配布すること。
 c 同和地区を持つ学校の教職員については、特別昇給等の優遇措置を講ずること。

[)学校の施設、設備の整備に関する措置
 貧困家庭の多い同和地区をもつ小中学校および幼稚園の施設整備をいっそう促進するため、特別の配慮を行なうこと。

\)同和教育研究指定校に関する措置
 国および府県は同和教育研究指定校の増設および研究費について増額すること。

])同和教育研究団体等に対する助成措置
 同和教育に関し、教育研究団体等の行なう研究に対し、補助を行なうこと。

2) 社会教育

T)同和地区における青年、成人、婦人等を対象とした学級、講座、講演会、講習会等の開設、開催を奨励援助し、住民がその教育水準を向上して家庭および地域社会における人間関係の改善をはかるとともに生活を合理化するための機会を提供すること。

U)一般地区における青年、成人、婦人等を対象とした青年学級、成人学級、家庭教育学級、講演会、講習会等において、人権の尊重、合理的な生活の態度、科学的な精神、社会的連帯意識等の課題を積極的に学習内容にとりあげるとともに、地域の実情に即して同和問題について理解を深めるよう社会教育活動を推進すること。

V)同和地区における住民の自主的、組織的な教育活動を促進し、住民みずからの教育水準の向上を助けるために、子供会、青年団、婦人会等少年、青年、婦人等を対象とした社会教育関係団体の結成を援助し、その積極的な活動を奨励すること。なお、地区の実情等に即して同和問題の理解を深めるよう、同和地区における学校、社会、家庭の有機的な連携をとるよう奨励すること。

W)差別事象がおきた際には、社会教育においてもその事象に即して適切な教育を行なうよう配慮すること。

X)同和地区の社会教育施設の効果的な運営をはかるため、当該施設に専任の有能な職員を配置すること。

Y)社会教育における同和教育の指導者の資質の向上と、指導力の強化をはかること。

Z)指導者の資質の向上のために教育委員会その他の社会教育に関係のある機関においては、地方の実情等に応じて社会教育における同和教育の参考資料を作成し、同和教育に関する指導者研修会等において相互に事例発表、情報交換等を積極的に行なうこと。

[)同和地区における教育水準の向上をはかるために同和地区集会所の整備、充実をはかること。なおその際、隣保館との有機的な連携に配慮すること。

\)同和地区集会所の設置費国庫補助については、坪単価、補助対象面積、補助対象設備品目等の改善をはかること。なお市町村が設置する同和地区集会所の事業費についても国の助成措置を拡充するよう配慮すること。

])同和地区集会所の運営にあたっては、これを単に住民の公共的利用に供するばかりでなく、集会所みずから学級、講座等社会教育活動を積極的に展開し、社会教育施設としての機能を十分発揮するよう考慮すること。

5.人権問題に関する対策

(1) 基本的方針

 日本国憲法は、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的、又は社会的関係において差別されないことを基本的人権の一つとして保障し、立法その他の国政の上でこれを最大に尊重すべき旨を宣言している。しかし、審議会による調査の結果は、地区住民の多くが、「就職に際して」「職業条のつきあい、待遇に関して」「結婚に際して」あるいは、「近所づきあい、または、学校を通じてのつきあいに関して」差別を受けた経験をもっていることが明らかにされた。しかも、このような差別をうけた場合に、司法的もしくは行政的擁護をうけようとしても、その道は十分に保障されていない。

 もし、国家や公共団体が差別的な法令を制定し、あるいは差別的な行政措置をとった場合には、憲法第14条違反として直ちに無効とされるであろう。しかし、私人については差別的行為があっても、労働基準法や、その他の労働関係法のように特別の規定のある場合を除いては、「差別」それ自体を直接規制することができない。

 「差別事象」に対する法的規制が不十分であるため、「差別」の実態およびそれが被差別者に与える影響についての一般の認識も稀薄となり、「差別」それ自体が重大な社会悪であることを看過する結果となっている。

1) 人権擁護制度組織の確立
 基本的人権の擁護を法務省の一内局である人権擁護局の所管事務とし、しかも民事行政を主掌する法務局および地方法務局に現場事務を取扱わせている現在の機構は再検討する必要がある。戸籍や登記事務を扱っていた者が人権擁護の職務に配置されるという組織にも不適当なものがある。
 また、基本的人権の擁護という、この広汎で重要な職務に、直接たずさわる職員が全国で200名にも達せず、その予算もきわめて貧弱なことが指摘される。

2) 人権擁護委員の推薦手続きや配置されている現状や人権擁護の活動状況等からみて、その選任にはさらに適任者が適正に配置されるよういっそうの配慮が要望される。
 実費弁償金制度等についても、職能を十分にはたせるだけの費用が必要である。

3) 同和問題に対する理解と認識
 現状における担当者および委員の同和問題についての理解と認識は必ずしも十分とはいえない。研修、講習等の強化によってその重要性の把握に努力する必要が認められる。

4) 人権擁護活動の積極性
 人権擁護機関による擁護活動は、人権を侵害したものに対し、人権尊重について啓発して、侵害者自身の自発的な意思によって侵害行為の停止、排除、被害の回復等の措置をとらせることであって、人権擁護機関が直接その権限によって、侵害行為を停止させる措置がとれるのではない。したがって、このような方法によらざるをえない現状ではとくに担当者及び委員に差別意識を根絶するための啓蒙活動について自覚と熱意が必要である。

(2) 具体的方策

T)差別事件の実態をまず把握し、差別がゆるしがたい社会悪であることを明らかにすること。

U)差別に対する法的規制、差別から保護するための必要な立法措置を講じ、司法的に救済する道を拡大すること。

V)人権擁護機関の活動を促進するため、根本的には人権擁護機関の位置、組織、構成、人権擁護委員に関する事項等、国家として研究考慮し、新たに機構の再編成をなすこと。しかし、現在の機関としても、次の対策を急がねばならない。

 a 担当職員の大幅な増加をはかり、重点的な配置を行なうこと。

 b 委員委嘱制度を改正し、真にその職務にふさわしい者が選出されるようにし、またその配置を重点的に行なうこと。

 c 人権相談を活発にし、かつ実態調査につとめ、これらを通じて地区との接触をはかりその結果を担当職員および委員に周知せしめる措置をとること。
 その他、つねに同和問題についての認識と差別事件の正しい解決についての熱意を養成するため研修、講習の強化に努力すること。

 d 事件の調査にあたっては、地区周辺の住民に対する啓発啓蒙をあわせて行ない、不断にこれをつづけること。

 e 以上の諸施策を行なうための十分な予算を確保、保障すること。


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結  語
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 同和問題の根本的解決にあたっては、以上に述べた認識に立脚し、その具体案を強力かつすみやかに実施に移すことが国の責務である。したがって国の政治的課題としての同和対策を政策のなかに明確に位置づけるとともに、同和対策としての行政施策の目標を正しく方向づけることが必要である。そのためには国および地方公共団体が実施する同和問題解決のための諸施策に対し制度的保障が与えられなければならないが、とくに次の各項目についてすみやかに検討を行ない、その実現をはかることが、今後の同和対策の要諦である。

1) 現行法規のうち同和対策に直接関係する法律は多数にのぼるが、これら法律に基づいて実施される行政施策はいずれも多分に一般行政施策として運用され、事実上同和地区に関する対策は枠外におかれている状態である。これを改善し、明確な同和対策の目標の下に関係制度の運用上の配慮と特別の措置を規定する内容を有する「特別措置法」を制定すること。

2) 同和対策は、今後の政府の施策の強化により新しい姿勢をもって推進されるべきであるが、このためにはそれに応ずる新たな行政組織を考慮する必要がある。政府の施策の統一性を保持し、より積極的にその進展をはかるため、従前の同和問題閣僚懇談会をさらに充実するとともに施策の計画の策定およびその円滑な実施などにつき協議する「同和対策推進協議会」の如き組織を国に設置すること。

3) 地方公共団体における各種同和対策の水準の統一をはかり、またその積極的推進を確保するためには、国は、地方公共団体に対し同和対策事業の実施を義務づけるとともに、それに対する国の財政的助成措置を強化すること。この場合、その補助対象を拡大し、補助率を高率にし、補助額の実質的単価を定めることなどについて、他の一般事業補助に比し、実情を配慮した特段の措置を講ずること。

4) 政府による施策の推進に対応し、これを補完し、かつ可及的すみやかにその実効を確保するため、政府資金の投下による事業団形式の組織が設立される等の措置を講ずること。

5) 同和地区内における各種企業の育成をはかるため、それらに対する特別の融資等の措置について配慮を加えること。

6) 同和問題の根本的解決と同和対策の効率的な実施のためには、長期的展望の下に、総合計画を策定し、環境改善、産業、職業、教育などの各面にわたる具体的年次計画を樹立すること。